- yugui
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「テストに完全にパスするまで絶対にコミットは許されないんだよね。ところで、テストを実行するには2時間かかるんだよ……、キツイよ」。 「簡単にコミットさせるわけにはいかない。これはどんな会社でもあることで、ここグーグルでも絶対あることでしょう。現実はどうかというと、開発者は1行だけ変更したとき、テストスイートを無視するんです。だって、たった1行の変更で壊れるわけないじゃない! ……、これは本当にひどいモデルですよ」。 厳格すぎるルールや、守るコストが高すぎるルールは、むしろルール破りの「例外」を多く生むという矛盾をはらむのが世の常だろう。コンフリクトを誰が解消するのか 2週間にわたって同じサンドボックスで開発していたとしたら、ほかの人が加えた変更が見えない。このため、マージのときにコンフリクトが発生して、その解決に時間がかかる。 「svnでブランチをマージするときには、1週間前から計画するもんです。これはひどすぎる」
しかし、絶対にやってはならないのは、彼らの主張のロジックの底の浅さや非実証性をあげつらうような、知識主義的な批判である。それは、「素朴な正義」の論理を掲げる彼らには全く届かないどころか、「なんか馬鹿にされている」というルサンチマンを溜め込み、逆効果になる
でも、「素人」は、飽きずにそれらの仕事をこなせます。彼等は、何の疑問も持たず、どんな繰り返し作業でも容易にこなせます。皮肉でもなんでもなく、これはプログラマーにはない彼等の長所です。(繰り返し作業に疑問を持つ人、何とか自動化できないか、そんな発想を持つ人は、”変人”です。「素人」の素質がないと言えます。)ツクール系開発は、そういった種族に任せればいいと思います。そうすれば、プログラマーは退屈な仕事から解放されます。プログラマーは、彼等に、よりよい作業環境を提供してあげましょう。プログラマーと彼等の間に上下関係はありません。プログラマーから見れば彼等はユーザなのです。だから、「素人」という呼び名は聞こえが悪いのでもっと彼等を尊重した呼称があればなぁと思います。
「健常者」とは配慮が不要な人で「非健常者」とは配慮が必要な人とみなされているけどそうではなくて、「健常者」というのは社会的にさまざまな配慮がなされているので障害を感じなくてすむ人で、「非健常者」はその配慮から除外されている人ではないか
何をしようにも、息苦しいのが日本の社会だ———と気づいてから、すでに40年近くが過ぎている。いい歳になってきたから、いまさら何を言われても構わないのだが、反面、表立って、なかなか意想を発しようとしない傾向が強い日本のLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)について考えるとき、どうして、こうも上手く纏まらないのだろうと不思議に感じる。 NHKのディレクターさんにお話を伺ったとき、番組でゲイ・レズビアンを取り上げるとの企画が、制作局の上役ではなく、むしろ同性愛者の知人から「そんなことして、大丈夫?」と心配をされたという話に、僕は苦笑しつつも「なるほど、それか」と思った。 僕の経験からしても、案外ヘテロセクシュアル(ノンケさん)たちのほうが、割り切れる人はスカッと割り切って下さるようで、ゲイだ同性愛だと言っても、文字通り「どこ吹く風」だったりするのである。 オタオタしているのは同性愛者などLGBTのほうだ。僕らセクシュアル・マイノリティーは、無闇なる疑心暗鬼に過ぎて、ただただ故なく、引っ込み思案に陥っているだけなのかも知れないと、つくづく感じることがある。 日本のLGBTムーヴメントは、LGBTの内側を束ねて打って出るのではなく、ひょっこりと外へ出た当事者が、むしろヘテロさんたちと意気投合することで、世の中の意想を(ちょっとずつでも)変化させて行くよう繋いでみる———といった方法が良いのではないかと、図らずも整理できてきたような気がする。レインボープライド愛媛のエディさんと、さっきケータイで話しているときにsuggestしていただいた話の受け売りで恐縮だが。 まさに、LGBTパレードは、ヘテロさんへの顕著で直接的な「投げ掛け」の舞台になり得る。 また諸々、思索を続けてみよう。
オマエも、殺人を生み出す学校の しくみを支えている一人なんだ。
アルメニア人虐殺問題のような人権侵害にさえ寛容を通すことは、結局はポストモダンの不毛な相対主義に陥ってしまうのではないか
35%というのはもうこの変化が単に「企業のコスト削減の手段」とかそういう小手先の裏技みたいな問題ではなくて、過去に1次産業から2次産業に人口が移動したようなのと同じ構造的変化なんじゃないかと思えてくる。
人間としてみなされていない人は、他の人も人間としてみなさない。凶行の背景には、凍えるほどの孤独が生み出す負のスパイラルがある
せめてDelegate先を見て判断するようにして欲しいものだ
障害者の殺害についても「慈悲殺」という言葉が使われたりしたのですが、“より人道的”という倒錯した論理で組織的な殺害が正当化された
繰り返しになりますが、合理性自体は有効です。有効ですが、それには人道に背かない限りという条件を付けなければならないのです。 その条件を外した合理性に基づいた判断基準の行き着く先は合理性に基づいて非人道的な行為が正当化される世界なのです。 ナチスやホロコーストはそういう人道に背かない限りという条件を外した合理性の延長線上に何があるかということを示す歴史の教訓なのです。
わはは.ばれたか.BEGINはやっつけで作ったのでその場で実行するだけです
面白いもんを発掘してしまった。
貴重な予算をわざわざ海外(そう、マイクロソフトはアメリカ企業だ)に流出させる事もなくなるし、サポートで地元のIT企業に金が回るだろう
プログラムの書けない手配師の会社の多くは、仕様書は書けても、その仕様書はソース管理でバージョン付けする管理はしていないだろう。 プログラミング技術が低いソフト会社の多くは、ソース管理していても、ワンクリックビルドやデイリービルドできる開発環境はないだろう。 デスマーチに陥っている会社の多くは、お客から苦情や非難の電話やメールが開発チームに溢れて、マネージャだけでなくプログラマも電話対応や無駄なミーティングに時間を浪費して、労働環境は最悪だろう。
マネージャーが「苦情受付係」と心得て苦情を淡々と障害表に落としていけば、それだけで随分とスイッチングコストや感情疲弊が無くなって効率が上がるよね。
淡々とした情景描写だけで見せる・語りかける・感じさせるといった「侘び・寂び」的な表現方法は理解できなかった
明らかにネタと分かる“犯行予告”に対してすら警察が過剰に反応するのは、その手の冗談を封じることで、予告犯罪検知のS/N比を上げようとする狙いがあるとの解釈もできる
市場原理主義のイデオロギーと呼ぶにふさわしいものであって、ものの良し悪しを学ぶ学生は当然こういう価値観を相対化
恣意的な価値判断で公として守るべき価値を決めることを嫌って、市場主義という価値判断を選択する恣意性に無頓着なのかな。
「かわいい娘(こ)だろう?俺、無事にバンクーバーまで戻れたら、この娘と結婚するんだ」// そのブロマイドは、アニメやゲームのキャラクターなのかも。
ある人を食わせないような国家や社会体制があるのだとしたら、その人がそんなものを支持したり従ったりしなきゃならん理由がそもそもない
国家がある人の生活を保障しないならば処刑するべきだ。その人の不満は社会を不安定にする。仮に生活を保障しないことが社会の利益のために正当化されえるとして、処刑しなければ社会の利益はかえって損なわれる。 罪のない人を処刑する覚悟がないならば、人間が人間として存在するための絶対的な保障をすべきである。
不満を政治的に表明することが何か怖いこと、市民の良識から逸脱したものであるかのように思い込まされてる
「大事な商談があるんだ,私は一人でも帰ってみせるぞ」「geek共と一緒に夜を明かすなんて冗談じゃないね,俺は自分の部屋で休んでいるからな」「外の発電機の様子を見てくるだけだ,すぐに戻るよ」
すべてに配慮することが不可能であることは、配慮は無意味であるということにはならない。
政治的にリベラルな人たちが抱える同性愛者への嫌悪感情や差別意識をアイデンティファイすることに失敗
ある人が同性愛者に対する嫌悪や差別意識を持っているからといって、差別しても良いと考えているとは限らない


