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jiangmin
言語屋@バテレンの回し者
http://jiangmin.g.hatena.ne.jp/

誇り « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

日本の社会と文化にはどんな仕事をする人間にもプライドを感じさせる能力があったのだということを考えて、いろいろに思いを巡らせる。近代の日本にひっそりと生まれて、またひっそりと姿を消しつつある、なんだか遮二無二「人類にとって」というような滑稽なほどおおきな言葉を使いたくなるほど重大な何かが、日本の没落と一緒に誰にも見えないものになってゆくのを見ているのは、決して簡単な気持ちのものではないよーだ、と思うのです。

沖縄海兵隊メモ: 極東ブログ コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

この見解だが、単純に受け取るのではなく、国防総省あたりの観測気球的な思惑だとまず理解したほうがよい。が、その後の経緯、つまり普天間問題と在日米軍再配置問題の切り離しの動向を見ていると、背後には海兵隊の見直し論は潜んでいるのだろう。

休題点 « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

そういうと、また怒る人がいるだろうが、いくら怒っても、日本人が(多分、教育制度の失敗のせいで)全体に桁違いに知的競争力が低いことは、合衆国では周知の事実であると思います。日本社会に生まれることには、知的な世界ではおおきなハンディキャップになっている。日本の人が得意な分野は、したがって学問やテクノクラートとしての訓練よりも「手先の器用さ」や「美的感覚」が重要な分野で、そういう分野では、日本人であることは大きな有利さとして働く。「ニホンジン」である、というのは、スタイリストや盛りつけが重要な料理、ヘアドレッサーというような職業ではかなり強烈な「ブランド」なんです。だから、若い日本の人は、そういう美的感覚を必要とする仕事についてアメリカという巨大な競争社会に飛び込んでゆくことが多いが、仕事においても、「なぜ自分は他人より仕事が出来るのに評価されないのだろうか」というフラストレーションがだんだん大きくなって耐えられなくなってゆくように見える。こういう人がもつ「性差別なのではないか」「人種差別なのではないか」という猜疑は、他のたかだか留学生くらいで、日本でのように甘やかせてもらえなかったひとびとがぎゃあぎゃあとガキじみて騒ぐのに較べて遙かに妥当性があるが、あれは、絶対に不可視に出来ていて、その構造は日本の文系上級役人の社会にとても良く似ている。自分がほんとうには受け入れられないのだ、と考えて、頭のよいひとたちほど失望してしまうように見えます。英語でmentorというが、研究室内や社内で、あるいは人生そのものにおいて有力な後見人が出来ない場合には、まず、この状態から脱せられることはない。アメリカの「フェア」さは、実際には「同窓生的紐帯」よりも、一見公平と相反しているように感じられる、これによって保障されているところがあるかもしれません。ところが、日本のひとは後見人候補との人間関係において英語世界では卑屈と見える態度をとることが多く、よくそれで失敗してしまう。英語世界で生き抜いて行く日本人が往々にして女性であって、しかも、「突撃○○」と呼びたくなるような、日本社会では「傍若無人」「態度悪い」「性格きつすぎる」のレッテルが付きそうなひとが多いのは、そういうひとたちには卑怯さや卑屈が微塵も感じられなくて、わしなどが観ていても、おもれえええー、と感じるひとが多いからだと思います。

戦争をめぐる断片_1 « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

日本にいるとき「中国は日本に絶対に攻めてこない、なぜなら日本に対して軍事行動を起こすことには中国にとって何の経済的利益もないからだ」という意見を読むと、よく口元がゆるんで、自然と微笑する気持ちになったものだった。たいへん理性的な見解でオトナの意見であることはもちろんだが、それを述べている人の国が、歴史上、「何の得にもならない侵略戦争」を引き起こして、当時の数え方でいうと約200倍の国力がある敵に対して傍目には理由がまったく不明な戦争を引き起こし、挙げ句の果てに自滅して石器時代に一気に国土が還ってしまうような大敗北を喫した、ほとんど唯一の国だからです。

Open ブログ: ◆ 原発の国会答弁(過去分) コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

当時の首相が小泉でなく菅直人であり、現在の首相が菅直人でなく小泉だったら、こんなにひどくはならなかったはず。……という思いはある。 (^^); ※ 小泉ならば東電をぶちこわすのが上手だっただろう。菅直人ならば官僚の言葉を疑うのが上手だったろう。現実には、菅直人は東電をぶちこわせないし、小泉は、官僚の言葉を疑えない。

武田邦彦 (中部大学): 自由で明るく、節度のある社会 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

価値観の多様化と言われて久しいのですが、まだその意味が咀嚼されていないで、「自分が正しいと思う人生を送らない人は悪い人だ」という風潮が強いように思います. 日本の社会が閉そく的だ、若い人は元気がないと言われますが、その原因の一つに、細かいところまで「人間はみな同じにしなければならない」という強い信念が原因しているように思います。 例えば「だらしない人」とか、「サボりの人」や、「健康に気をつけない人」というのが社会にいても良いのではないかと思います。 「真面目な人」ばかりがいる社会は息が詰まります。真面目な人というのはとかく他人に注意をしたりしますから、やっかいなものです。 本当に「真面目な人」というのは、他人が不真面目でもそれも真面目に受けいれる人でしょう.他人の不真面目を注意するようでは真面目ども半ばということです。

アシスト:コラム(Our World) / ビル・トッテン関連情報 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

南米ベネズエラでは、昨年11月から続いた大雨で起きた洪水や地滑りのために多くの死者を出した。被災者は10万人以上にのぼり、チャベス大統領はすぐに一般ホテルや使用されていない建物を被災民のために一時的に提供するように命令を下し、軍の施設も避難民に提供した。さらには大統領府も避難所に開放し、家を失った数十世帯を大統領官邸に受け入れたという。 反米左翼の国とされるベネズエラの大統領のこのような行動をアメリカのメディアは報じなかったし、おそらく日本の主流メディアも報道しなかったのではないだろうか。私が思い出したのは2005年にアメリカを襲ったハリケーン、カトリーナだ。あの時も多くの人々、特に貧しい有色人層が命や家を失ったが、ハリケーン直撃の翌日ブッシュ大統領はゴルフをしていて、被災地訪問は5日後だったという。被害を受けたニューオリンズの(貧しい)住民たちの多くはアメリカ政府の災害復興支援政策に不満を持っていたと記憶する。

われわれの中にある「相撲的なるもの」:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

命令系統が硬直的で人間関係が淀んでいる古いタイプの組織に、形だけのコンプライアンスを求めると、多くの場合、悲劇が起こる。 相撲界のような因習的な場所でコンプライアンスを貫徹しようとすれば、当然、無理がかかるわけで、そのシワ寄せは、必ずや弱者の上にのしかかる。 指揮系統の明確化が果たせず、情報の開示が不徹底に終わり、組織改革が機能せず、既存の権力が温存された場合、その組織のコンプライアンスは、下っ端が腹を切るという形で外にあらわれる。そうやって誰かのクビを差し出すことで、責任を取ったように見せかけるのだ。いつも同じだ。疑獄事件が明るみに出る度に、課長クラスの役人の自殺が頻発する日本の官僚組織の体質は、下級武士の切腹で、藩のお取り潰しを回避してきたお江戸の幕藩体制の伝統を踏まえたもので、われわれの体内にはそういう武士道式生贄ソリューションがDNAレベルで刻み込まれている。

裁判員とユダヤ博物館を繋ぐもの:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

大学で音楽教師の看板を掛けていると「どうしたらヒットする音楽が作れるか教えてほしい」とか「どうしたら表現力豊かなものが作れるか、指導してほしい」と、聞かれることがあります。 が、正直に言わせてもらうと、そんなもの人に聞かなきゃ分かんない人はこの仕事に向いていないので、やめといた方がいいというのが正解なのです。 そもそも、ただ単に売りたいだけなら「これでもか!」とメディア上で反復露出すれば、どんなくだらないアイドルだって一定のセールスは伸ばすことができます。 また、ちょっとでも気の利いた作り手なら、生活のありとあらゆる局面から制作のヒントを得て、旺盛なモノづくりを展開してゆくものです。 「音楽」や「アート」に憧れることと、それを仕事にして生涯にわたって生計を立ててゆくこととは、全く次元の違う問題です。あまり適性がないまま若い時期をアート周辺で過ごし、中年になって困ってしまうケースは少なくありません。表現は、それに向いた人が、「イケイケ」一辺倒で突っ走るのではなく、むしろブレーキを掛けながら仕事にするのが適切な職掌です。

トザイケーザイ_2 « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

嫌なことをいうと地政学的にもお互いの「あるものと足りないもの」を考えると「乱雑さの法則」によっても、少なくとも日本は実質的に中国の一部と化すに違いない。いまでも中国のひとは目立たないように(中国のひとは日本人の自分達に対する偏見を熟知しているからです)なるべく小さくて独自技術をもっている会社から、どんどん買収しようとしている。まだ日本社会の反応をはかりかねて、おっかなびっくりやっているが、日本の社会も背に腹はかえられぬ、やっぱりこの世はカネさ、という反応とわかれば一挙に買収攻勢をかけると決まっている。それが悪いことであるとは、わしは実は思いませんが、日本という社会の独自性は消えて、経済から始まって文化に及ぶまで「中国圏」になってゆくのはまず間違いのないことに思えます。その頃にはインターネット上で、あるいは活字の上で勇ましい愛国的言辞を弄して「反中国」を唱えているひとたちは、まっさきに中国のひとびとのお先棒を担いで「チューゴク様のお通りだぞ」をするであろう。歴史が予言している。

トザイケーザイ_2 « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

某県の30代のインテリア会社社長は、サイトを開いて全国相手に商売をすることを思いついて首尾良く成功した。しかも「日本の田舎はみんなそーゆーものなんだけどね」と彼がいうには、サイトを開く、と決めたら、さんざん「どうせうまくゆくわけがないのに」とか「若造の浅い考えでくだらないことをやって」とゆわれたそーである。ところが、ある朝玄関の呼び鈴がなったので出てみると、「40人くらい連れだって地元の社長たちが並んでんだよ」と、わしがコーフンするくらいオモロイことをいう。おれたちにも分け前を寄越せ、っていうんだよ。ひとりで成功していいとおもっとるのか。そのなかにね、と、彼はハムレットのような悲しみに満ちた顔でつけくわえるのだった。自分の父親まで混じってたんだから、やってられないのさ。

スタンダード 反社会学講座 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

毎年恒例、どこでも流行してない、だれも口にしていない流行語大賞が、今年も発表されました。ゲゲゲの女房が流行語大賞って……。毎年春先に発表される、今年の新入社員は○○型、って幼稚なお遊びもそうですが、選者、審査員の中高年が、まったく現実の世相をつかんでないっていう、哀しい事実だけが浮き彫りになります。

金次郎が見ていた未来はどこに続いているのだろう:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

同じ「雇用」でも、実態は相当に違っている。たとえて言うなら、アメリカの人々にとって「チャレンジ」であるジョブ・ハンティングが、われわれの国に持ってくると「奉公」に化けてしまうような、そういう心構えの違いだ。ハントする側から、される側への転換。

11/16 地域から変える仕事に就く: きょうも歩く コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

議員年金を廃止せよと絶叫する人たちの気持ちはわかるが、そうなると議員の年金は国民年金だけの丸裸になってしまう。議員報酬は税金では給与所得と見なされ、事実上勤め人みたいな身分におかれるのに、社会保険はどうして厚生年金にならないのか不思議である。議員年金として公費を突っ込むからおかしくなるが、公費の突っ込む分を厚生年金の事業主負担として扱えば、民間との扱いの格差はなく、また民間経験と通算されて年金が支給されるために、より議員と一般市民の間を柔軟に行ったり来たりできるようになる。

「僕の本棚を見つめる少女」は、春樹問題にアカンベーをする:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

岡 だから小田嶋も影響を受けているわけですよ(笑)。その意味で、小田嶋のコラムにしても、僕が作る広告にしても、かつての自分の本棚が書かせているか、作らせている可能性は多いにあるわけだよね。だって読んでなかったら書けないんだからさ。

あれは相撲の「美」を守るためではなかったのか?:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

もともと無から有を生むという意味で情報産業の戦士であった彼らは、もともと情報化と相性が良かったのかもしれない。

あれは相撲の「美」を守るためではなかったのか?:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

相撲取りも演歌歌手や芸人の皆さんも、おそらくはそう思って「適度」な付き合いをしているつもりなのだと思う。で、時に距離感を誤る者が出て来る、それだけの話だよ、と、そう見ればそう思えないこともない。 でも、覚醒剤に適量が無いように、ヤクザとの付き合いには適正な水準は存在しない。 結末は限られている。完全に関係を絶つか、でなければ彼ら世界に取り込まれるか、そのいずれかだ。だから麻薬とヤクザ(とオカルト)に対しては、「カタいこと」を言い続けなければならない。

死ぬまで待ってられるか - 猫を償うに猫をもってせよ コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

国会図書館へ行ったのだが、書籍返却のところにいた若い男が変だった。はじめ、カードを返された時に、落としてしまった。普通、自分が渡したものを相手が落としたら、どっちが悪くても「すみません」とか言うだろう。何も言わない。それに、どうもこの青年の渡し方が変だ、と感じた。二度目、分かった。青年、カードを、ぐっと突き出すのである。ものを人に渡す時は、しかるべき場所で「止める」ものだが、この青年は、相手の手に向かって「ぐいっ」と突き出す。だから落としたのだ。三度目に行ったらやっぱり突き出したので、言ってやろうかと思ったがやめにした。

おそらく、うちの国の人たちは政変が好きなのだ:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

一年中非常事態である旨を聞かされ続けている進学塾の生徒が、醒めた表情になるのと同じだ。 ・一学期が勝負を分ける。→なぜならスタートでつまづくと取り返しがつかないから。頑張れ。 ・夏休みが正念場だぞ。→自由時間を管理できる人間こそが真の勝利者だ。死ぬ気でやれ。 ・二学期が天王山です。→実りの秋は、勉強に身が入る時期。ムチを入れろ。 ・トシが明けてからが本当の勝負だ。→最後だから本当のことを言うが、実は直前の詰め込みは最もロスが少ないのだよ。歯を食いしばれ。 つまりアレだ。あいつらに言わせれば一年中勝負どころで正念場で天王山で剣が峰で天下分け目なわけだよ。小学生はみんな知っている。大人の言うことはひとつひとつはもっともでも並べてみるとウソだらけになる。そういうものなのだ。

2010-06-06 - 猫を償うに猫をもってせよ コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

金曜の夕方になって国会図書館から郵送複写について留守電とファックスが入っているが、こちらからファックスはできない。裁判所ですらファックスでやりとりできるのに、この電話会話至上主義は何なのだ。

鶴澤寛也 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

◆2010年(平成22年)2月22日(月) 読売新聞夕刊で、橋本治さんが「女流義太夫の魅力を語る記事」が掲載。 女流義太夫 色男は草食系・橋本治氏 魅力を解説 DVD@竹本駒之助@ 「恋するとバカになるという事を芸として昇華させたのが(関西の)和事。それを忘れると、何でこんなバカな男にほれるのかという、やぼな話になる」と話す橋本治氏=飯島啓太撮影 作家、橋本治氏がプロデュースしたDVD「女流義太夫 人間国宝 竹本駒之助〜ひらかな盛衰記より神崎揚屋(かんざきあげや)の段」が発売された。解説者として出演もした橋本氏に、女流義太夫の魅力を聞いた。(多葉田聡) 伝統芸についての著作も多いが、女流義太夫を初めて聞いたのは4年前。「義太夫は男がやるもの」と思っていたが、三味線の鶴沢寛也(かんや)が主催した会で駒之助の語りを聞き、「本当にびっくりした」という。 「駒之助さんは文楽の太夫もできるが、基本は素浄瑠璃。人形に頼らないから、語りがストレートに迫ってきて、絵が見える」 だが、女流義太夫は今、「やる人より観客の方が少ないかもしれない」厳しい状況。広く親しんでもらおうと、義太夫を音楽として楽しむ会を寛也と共に開き、解説役を買って出た。今回のDVDは、その延長だ。 「神崎揚屋の段」を語る竹本駒之助(手前)と三味線の鶴沢寛也 「義太夫も音楽だから、慣れないと良いも悪いもないが、近代になって学者が研究を始めてから難しくしてしまった。ある程度下地ができると、体の中で良さが爆発する瞬間がある」 「ひらかな盛衰記」は源平の合戦が題材。収録した「神崎揚屋の段」では、合戦に出ようとする梶原源太が、恋人で遊女の梅ヶ枝(うめがえ)に預けた鎧(よろい)を取りに行くが、梅ヶ枝は源太が廓(くるわ)に通う金を作るため質に入れていた。鎧がないと出陣できないため、困った梅ヶ枝は伝説の鐘に見立てて手水鉢(ちょうずばち)をたたく。すると、廓の2階から小判が降ってくる。 実は小判は源太の母がまいたもので、梅ヶ枝と姉の敵討ちが絡むなど物語は複雑だが、核心はおとぎ話だと橋本氏は言う。腰元から身を落としても絶望せず、源太に恋する梅ヶ枝は「お姫様」。勘当され、梅ヶ枝に頼る源太は生活力のない「王子様」という解釈だ。 「物語は矛盾だらけだが、おとぎ話だと思えば許せる。今なら原稿をチェックする編集者や校閲者がいるが、昔の作者は幸いです」 恋に夢中な二人の描かれ方も、江戸時代独特の人間観に根ざしていると見る。 「人は恋をするとバカになるという認識は多分、地球上で最初に江戸時代の日本人が見いだした。西洋人はそういう考え方をしないから『ロミオとジュリエット』のような悲劇を作れる」 色男として描かれる源太は今時の「草食系男子」という指摘も、氏ならでは。 「いい男は昔から皆、草食系。自分から何もしない。肉食系は、やぼな悪党。草食が正しい美学なんです」 音楽性豊かな義太夫と目からウロコの解説。2度びっくりのDVDだ。発売元はジェイブイディー((電)03・3409・9920) (2010年2月22日  読売新聞)

高木英至のサイトブログ:Larghetto : 05/29 土曜 コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

いやまあ、どうも、書き込み有難うございますって、本文に書きますが。大学説明会forTeachersで卒業生2人が、先生として来ているのは、うれしかったですね。そうそう、あの後すぐに授業だったので、私は早々に失礼しました。 まああれね、説明会。言いたいことはいろいろあるんですが、まあ立場上、差し障りがありますから、まあ何も書かないですけどね。なんかね。あれに調子合わせるの、なんか嫌でしてね。疲れますわな。 でもまあ、教養学部、試しに受験してみたらぁ、と誘ってくださいな。ははは。

明日は明日のホラを吹く-Tomorrow, I'll give you another big talk-:聞きたくもない夫婦の秘め事を男に告白された件について コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

奴は女が、男が「どうだ俺のここが凄いだろう」と自慢したがっているところなどには全く興味を示さず、あえて惚れるときには、男が見られているなどとはつゆにも思っていないところを選んでひそかに惚れるものだという基本法則をわかっていないようだ。

Sun 100404 夜10時の新宿で「先生ですか?」 寿司屋でどんなふうにムカついたか|今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

しかも、むかしむかしホテルオークラの中の久兵衛でたいへんオゾマしい光景を目撃したことがある。半ズボンのスーツに蝶ネクタイを結んだ小学校低学年の男子が、パパにメロンを注文してもらい、そのメロンをナイフとフォークを使って上手に召し上がっていたのだ。あれがトラウマになって、久兵衛に接近しただけでじんましんが出そうになる。

職人が燈し続けた英知の灯:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

和ろうそくの炎で見ると仏像の表情が変わる、という一種の錯覚に関連して、私がいつも思い出すのは「能面」です。お能では「おもてを照らす」「おもてを翳らせる」などと言って、灯りとの関係でお面に表情をつける、ということをします。しかし、現在の能楽堂では舞台上も橋掛かりの中も、蛍光灯がびっしりと点されていて、どこにも「かぎろう炎」はありません。ここで「幽玄」を感じろ! と言われても効果が有限です。

野暮な「ライター」は消えゆくのみ:日経ビジネスオンライン コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

気持ちはわかる。 が、規制は野暮でないと規制にならない。実際の話、作品の美質を損なわない編集は、編集の意味を持たないものなのだ。というのも、当局が規制せんとしているのは、作品を通じて美化されている悪徳ではなくて、作品の内に内在している美そのものであるのかもしれないからだ。

警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の高橋玄監督にインタビューしてみた - GIGAZINE コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

運転免許更新時に警察の交通安全協会への加入は個人の任意であり別に支払わなくてもいいのにそういった説明を一切せず、天下り役員の給与などに使われていましたが、なぜこのような金をむしり取る行為が平然と行われているのでしょうか? 高橋: 警察に限らず、いわゆる行政司法を含め官僚がトップにいる「国のカネで食ってる」連中は、昔のお代官と変わらない体質で来ているわけですから、理由はカネでしかないわけですよね。公務員になる人の大半は、倒産することのない安定した収入源だということで入るわけですから。

警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の高橋玄監督にインタビューしてみた - GIGAZINE コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

実際に裁判官なんかに聞くと、やっぱり検察が起訴したものに対して無罪判決を出されただけでも出世の道は閉ざされると言います。日本の異常な有罪率はそこに起因しているんです。

警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の高橋玄監督にインタビューしてみた - GIGAZINE コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

公安に訴えたところで解決はされないですね。警察を管理しているのが公安委員会なわけですから。僕も無駄であるとは思いながら、警視庁の苦情窓口とかがどういう対応をするのか試しにやってみたことがあるんですよ。木で鼻をくくったような対応で、むしろクレーム対応の窓口自体がえらそうで、「何か文句があるんですか?」的な雰囲気だったんですよ。「相談窓口がある」という、あくまで建前上の話でしたね。

警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の高橋玄監督にインタビューしてみた - GIGAZINE コメントを見る マーカーリンク Blog へ貼る

やっぱり、警察官になろうという人間の性質ですかね。警察は肩書き社会というか階級社会じゃないですか。だから階級さえ上がれば、その人間の能力はまったく関係ないんです。この映画でもやりましたけど、「選抜」という通常の昇進試験とは違うものがあって、上司に気に入られたら昇進できてしまうんですよ。 つまりどんな手を使ってでも上司に気に入られて階級さえ上がれば、能力は関係なく給料が上がっていくわけです。そういう感覚の人が警察官、または公務員とかになるわけだから、見た目や形式といったような形而下的なものですべて判断していくわけです。だから「ボロを着ていたら怪しい人」だとか、殺傷事件を起こしたやつがアニメオタクだというなら、そのような格好をしているやつしかマークしないわけです。でも怪しい人間がわざわざ怪しい格好をして歩いているわけがないんですけどね。逆に言えばちゃんとした背広を着て、カバンを提げていればどんなテロリストでも素通りできるという話ですよ。