- hiroshimo
- コメントが登録されていません。
- URLが登録されていません。
自分にとって便利かどうかというユーザー視点でだけiPhoneを論じるのは正しくない。
今後10年はモバイル・インターネットの時代になるだろう。それは過去10年間のインターネットよりも、われわれの経済やライフスタイルに大きなインパクトを与える可能性がある。そのモバイル・インターネットの到来を告げる初めてのデバイスがiPhoneだった。
iPhoneだった、と過去形なのが興味深い。
日本のケータイは、インターネット端末と呼べるものだった試しなどない。そしてケータイは、かつてNECのPC-9801帝国がDOS/V時代の到来で瓦解したように、あるいはワープロ専用機がパソコンに市場を奪われたように、今後5年程度で消え去ろうとしているように思われるのだ。
5年ともたないかもしれない。
自分への投資を怠ってはいけない。それが、自分の優位性を保つ唯一の方法だ。
1つは、フル充電または完全放電すると、劣化が速く進むこと。残量が10%を下回ったあたりで充電を開始し、80~90%程度に達したところで完了させる(短時間で充電を終わらせる)という使い方が、リチウムイオンバッテリーを長持ちさせるコツだ。
充電開始してから1時間で切り上げる。夜中中、差しっぱなしはよくないということか。
一つの目的に特化すれば、ユーザーの集合知の活用法も、いろいろなものが生まれてくる。そこはまさにアイデアが全ての世界だ。
ニッチに特化したサービスの発展はまだまだこれからということか。
It’s about Web phones versus the brick in your pocket.
ポケットのなかにある塊?
しかし忘れてはいけない。つまるところこれは、Android対iPhoneという話ではない。ウェブフォン対「非スマートフォン」なのだ。様々な機能、特にウェブ閲覧とメールに関してiPhoneに対抗しようとするだけでも、モバイル市場が再定義されるきっかけになる。ハードルは上げられたのだ。今日以降、電話機にはコンピューター並みの能力が期待される。参加したいのであれば。
ウェブフォン 対 非スマートフォン
基本的に、iPhone向けアプリケーションを公開した時点では、誰もが同じ位置に立っている。従来のマーケティングとは異なり、広告キャンペーンなど存在しない。ユーザーが見るのはiPhoneのストアにあるものだけだ。ある程度までは、アプリケーションそのもので売り込むしかない
活動履歴を保存しておくのは、第一には精密な広告表示を実現するため。誰が見ていても頭数とするマスメディア広告とは違い、住所・年齢・性別といったデモグラフィック(人口統計的な属性)だけでなく、趣味・嗜好・関心・興味などのサイコグラフィック(心理的属性)も踏まえて区分けして、ターゲットを絞り込んで宣伝することができる。この精度の高さが生み出す費用対効果がネット広告の強みだからである。
デモグラフィク(人口統計的属性)→サイコグラフィック(心理的属性)
Webでの反応を見ていれば、商品への関心を量的に把握できる。消費の動向が可視化できるのなら、それを効率的に管理して納品するのは「カンバン方式」のトヨタならお手の物。今までどんぶり勘定だった広告の世界に「カイゼン」のメスが入ったわけだ。
どんぶり→カイゼン
マーケティング(売って儲ける仕組み)は、「広く告げて関心を喚起する時代」を脱して、「消費を納品する時代」に移ったのである。
消費を納品か。
「人生の勝者」という場合の「勝者」はあくまでwinnerであってbeaterではないのだ。"beaten but winnning"というのは確かにありうる。そして"beating but losing"というのもまた。勝利というのは、質量/エネルギーと違って、保存量ではないのだ。あなたが勝ったからといって私が負けるわけではないのだ。
あなたが勝ったからといって私が負けるわけではない。あなたが負けたからといって私が勝っているのでないように。
最近の金融危機をめぐる報道で、「モラル・ハザード」という言葉がよく出てくる。新聞ではたいてい(倫理の欠如)と補足しているが、これは誤訳である。この言葉は保険用語で家の燃えやすさなどの"physical hazard"(物質的危険)と対になる概念で、Slateの記事にも書かれているように、moralは「倫理的」という意味ではなく"perceptual or psychological"という意味だ。つまり"moral hazard"は、保険に入ったことで防火を怠るなどの「心理的危険」のことである。
モラル・ハザードとは物質的危険という概念と対になるもので「心理的危険」のこと。保険に入るなどして防火を怠るというような。
コンピュータにたとえれば、検索エンジンのようなデータベースは「外部記憶装置」で、その拡張によって単純な暗記力は大した意味がなくなるでしょう。しかし情報がだれにでも利用可能になったことで、CPUと直結した「主記憶装置」の能力が問われるようになる。いちいち辞書を引いていては英会話ができないように、主記憶に入っているのと外部記憶に入っているのとでは意味が違います。だから教育も、ググればわかるような知識を教えるのはやめ、本質的な知識と思考力を育てるべきだと思います。
- iPhone
- 2


