Tag Marks : blog

記者が自由に書くと記事は面白いが、一般受けはしなくなる。マスコミはマス意識を捨てることで生き延びる道を探す必要があることを示唆するが、問題はその道を見つけることが難しいことである。

よいブログが面白い理由は、「読者全員にある程度分かってもらおう」とする姿勢をはなから捨てているからだ。

ブログってパーマリンク(個別のコンテンツに対して設けられた固定URL)があることが、いままでのものとは違うところだと思います。

ここTechCrunchでは、コメントを残したい人みんなのログインの選択肢として、Facebook Connectを採用し、すでにコメントの20%以上で使われている。FB Connectはさらに、JS-Kitのコメントウィジェットを使っている50万のブログやサイトでも使えるようになったうえ、Disqusも 今年中にFacebook Connectを実装する計画だ。

コメント用ログインシステム、Facebook ConnectかGoogle Friend Connectに収束(コンソリデーション)と予測。日本では?

ファイナンスの専門家の書くブログのほうがはるかにおもしろい。

同サービスのサイトからアカウント登録(無料)し,テンプレートを取得することで導入できる。このテンプレートを自分のブログに貼り付けるとTypePad Connect用のコメント投稿欄ができ,投稿されたコメントはTypePad Connectの管理画面に表示される(写真2)。

無償のコメント管理システム。Six ApartもBlogコメント欄の改善が必要と考えている模様。

現在、ブログの使われ方は大きく2つに分けられると筆者は考える。1つは話題を提供し、反応を得るという「会話・レスポンス型」。もう1つは著者の情報蓄積をメインとした、ワークエリアとしての「アーカイブ・ハブ型」である。

1月の総務省調査によると国内のブログは約1690万件で、文字情報量は書籍約2700万冊分に相当するという。

自分の脳を寄付して、インターネットのあちら側にはつながった脳が、毎秒ごとに呼吸をしている。

無限ではなく、自分の思い通りにもならないのならば、自分の頭にあるあれこれは、むしろ外に出しておいたほうがいいのではないか。そんな具合に考えて、わたしはその捌け口をインターネットの世界に見つけた。ほんの小さな、一室ではあるけれど、自分の頭よりは広い。とりあえず荷物をありったけ置いても誰かの邪魔になるほどではない。邪魔だと言われたら、そのときにはそのときの隠れ家もあるらしい。ああ、インターネットというのはこれでけっこう、救いがあるんじゃないか。案外くつろいでも大丈夫なんじゃないか。そう思えたのは、いつだったか忘れたが、気がついたときにわたしはブログを書いていた。

Blogging has entered the mainstream, which—as with every new medium in history—looks to its pioneers suspiciously like death.

SNS, twitter, too

Almost all of the popular blogs today are commercial ventures with teams of writers, aggressive ad-sales operations, bloated sites, and strategies of self-linking. Some are good, some are boring, but to argue that they're part of a "blogosphere" that is distinguishable from the "mainstream media" seems more and more like an act of nostalgia, if not self-delusion.

万葉の歌人と同じように、素直な感性で今の時代を大胆にとらえる

よろずのことのは

TechCrunch や Engadget に代表される複数人の投稿者(編集者)を抱えるグループブログ

ここから「ニコラス・カー」でぐぐって

[1]日記; 日記帳, 卓上[手帳]日記; ([類語]個人の身辺雑記的なものを指す; →journal).

xfy をつかいこなそう

ブログエディタxfyフォーラム

自分のブログを持っている人も多いだろう。そこに他の人の文章を引用したい場合も出てくる。そうした場合には、引用したことをカッコ書きなどで明確に区分し、出所を明示すれば、基本的に著作権侵害の問題は発生しない。

ハイバーテキストなんだからリンクだけではダメなのかな・・・確実に原本へ飛んで、引用が間違っているかそうでないかを閲覧者が確認できるんだから

しかし、私は知らなかった。知らなかったことさえ知らなかった。そしてそれを知ることで、私の中の何かが変わった。そういうことを、書いていけばいい。

参加したいブロガーは,Widgetbox Blog Networkにサインアップした後,各チャンネル用のウィジェットに自身のブログを追加し,自身のブログあるいはWebサイトにウィジェットを組み込む。これにより,読者は組み込まれたウィジェットを通じて,メンバー・ブログの最近の投稿記事や人気ブロガーの記事に簡単にアクセスすることができる。

ウィジェット+Blogネットワーク。キーワードは「つながる」。

ブログは、そういったCMSの一つの形なのである。

「誰のコンテンツをマネジメントするのか?」によって形態は変わってくるのだろう

ソクラテスは、「文字に書くと、人々は内容を忘れてしまう」と書物を記さなかった。

そのときの感情、感動をありのままに留めておく。

今後インターネットが、真実は無限にあると言い出した時に、現代人が、それを感得する頭脳や五感六感、つまり肉体的がついてゆけるかどうかが問題になってきます。

教育の充実や技術の進歩によって多様な表現方法を習得した現代人にとっては、むしろ文字のみに頼ることの方が問題があるのか・・・ (ソクラテスのことばを読んだ後に記す。11:40頃)

このトリビアルな「格付け」に焦点化したメディアはいったい、それによって何を伝えたいのか。あるいは何を実現したいのか。

「日記などはずいぶん不自由なもので、自分の発見でなしに、自分の解説なのだから、解説というものは、絶対のものではないのだから」(坂口安吾『劇作者文学論』)。

ただし、決して重たい装置にはしなかった。メモリーを軽くし、エンジンを日記共用型にして、さらに読みやすいインターフェースのようなものを加えて、その後の誰もが真似しやすいものにした。

「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」