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ところがヨーロッパでは、理念は現実であり、現実の社会は理念を反映するべきものなのだ。「グッド」も「ハッピー」も現実的なアプローチが可能になって、その結果が互いに示しあえるものでなくてはならなかった。それもできれば、明示的な数値をもって。 それゆえヨーロッパでは、そういうことを考えて信仰するのが宗教者

もう一方のコミットメントとは、そのような共感がおこってしまったことがほってはおけず、そこについついかかわろうとする意思の発動のことをいう。

強い「誓約, 約束, 公約」より、ゆるい「かかわり合い」

つまりはヨーロッパにおいては(いまでは資本主義社会にとってはということだが)、学問とはこのうちの推理の手段を提供し、その可能性があるのかどうかを見極める担当部門なのである。

これはずばり「ホモ・エコノミクス」(経済人)のことなのである。