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いまどきのPCに使われて
Salesforce.comのビジネスのうまさは、例えば主力商品のCRMのSaaSビジネスは、そもそもCRMというのは仕様を作るのが難しく、ユーザ企業が本気で仕様をまとめようとしたら社内の営業全員から要求を取りまとめないと無理。ほとんどのユーザ企業はCRMについて仕様どころか、要求すらまとめられない。ならば既存のCRMを使いましょうということになりやすい分野。
仕事のやり方を変えるシステムについて、ユーザ(=社員)の要求をまとめるなんてできないと思う。対象が何百人、何千人だったら、やり方変えたくない人がかなりの割合でいるでしょうから。
国内端末メーカのほとんどは数年以内に撤退・縮小を余儀なくされるという趣旨を書いて、携帯電話業界に出入り禁止状態にされた当方としては
こういう事をする会社は、99%ダメです。
GoogleはWebブラウザの内側でビジネスをしている企業、MicrsoftはWebブラウザの外側でビジネスをしている企業。
09/11/08 日経BP ITpro「OSは変わった」の佐藤氏のコメント。 絶対領域はコンテンツ?
前述のGoogleの論文ですが、いろいろけなしましたが、情報系の仕事をしているのならば読まれるべきですし、少なくても第一章だけでも読んだ方が絶対にいいです。価値観が変われると思います。
ただ、機能が多い分だけ、他のWebベースのコミュニケーションサービス、例えばSNS系、写真共有、チャット系などなどを潰してしまう可能性もありますね。「潰す」という大げさに思う人も多いかもしれませんが、ベンチャーキャピタルは、ベンチャーが新しいサービスを始めようとしていても、Googleが類似したサービスを始めるかもしれないというだけで、出資を打ち切ります。
Google Waveは「破壊的」かもしれない。
それはさておき個人的にはクラウドコンピューティングのインターオペラビリティは無理だと思っております。
無理、と断言。
しかし、そのサーバ数が多いために失ったものも多い。そのひとつは一貫性制御。例えばGoogleのMapReduceは多数のサーバを相手にデータを管理できますが、そのためにデータ反映速度は遅い(Hadoopを試した方はわかりますよね)。逆に言えばサーバ数が少なければMapReduceを使う必要はなく、効率的な方法が使えるようになります。さらにトランザクションのような厳密な一貫性制御はスケールアウト指向のクラウドコンピューティングアーキテクチャではきわめて難しいです。しかし、もしサーバ数が100台だったらできなくはない。だったら仮に何十万台のサーバがあっても、それをひとつのインフラに見せかけたりせずに、サーバ100台程度単位に分割して、それぞれをひとつのインフラとして扱うという考え方もでてくるでしょう。
サーバー1000台と「少ない」台数であえて構築するというアプローチ。
実は某メディアからコメントを求められたのですが、「ふーん」という程度しか感想はありませんと答えました。ちなみに、そのメディアの方によると、他の方々にコメントを求めて皆さん、似たようなコメントだったそうです。
Sunの身売り話に関して。
ちなみにモバイルエージェントが商用化できなかったのは、セキュリティの問題でもなければ、アプリケーションの問題でもなく、特許の問題。特にGeneral Magicの特許は基本的なものなので、General Magicの特許を回避して、モバイルエージェントを実現することは難しく、そのため多くの企業は研究開発まではしましたが、特許侵害を恐れて商用化は断念したというのが裏事情(もちろん、こうした特許侵害に関する情報も企業にとっては機密事項なので表になることはありませんが)。
モバイルエージェントが普及しなかった本当の理由。
Amazonがついに伝家の宝刀を抜きましたね。決済サービスを構築できるAPIを正式に公開。Amazonはネット販売の最大手。その背景には(特許としては認められなかったものの)1クリックなどの決済技術があります。このAPIを使って、商取引だけでなく、ネットワーク上のサービスへの課金を実現する企業がでてくるでしょう。
佐藤先生も注目。
個人的には、課金に限らず、物理世界と仮想世界をハイブリッドにして、物理世界の長所と仮想世界の長所をうまく組み合わせて、コストや手間を小さくした方法が、ここ数年はトレンドになるように予想しています。
ネットサービス課金論に関連して。
さて歴史的にいうと大きな不況の前後では価値感が大きく変わりました。ここからは個人的な見解ですが、今回の不況では経済が回復してもいままでとは価値感が変わってしまうと予想しています。特に「所有」という人間行動が一番影響をうけるのではないでしょうか。そして「所有」に対極にあることは何かというと「共有」です。米国の今後を占う上で「共有」がひとつのキーワードではないでしょうか。
今回の不況による価値観の変化を予想。所有から共有へ。例えばインハウス(オンプレミス)からクラウド?
でもソフトウェアの研究は、開発したソフトウェアを大規模PCクラスタで実験・評価できるとか、実ソフトウェア開発や実運用に研究成果を応用・評価できるという立場または研究環境にある研究者だけしか生き残れない時代なっていますが、追いていくしかありません。
創生期のコンピュータサイエンス研究は、「まともなコンピュータがあること」がハードルだった。今やクラスタ(クラウド?)じゃないとハードルにならない。
Applicable Computer Science
2008年12月27日より
個人的には最終的にはクラウドコンピューティング向けの損害保険を作るしかないと考えています。
また法律もある種の手順・ルールと考えれば、ソフトウェア検証やプログラム解析手法を使って法律の整合性を調べられるかもしれません。真に本質的な研究ならば対象を選ばないはずで、同じ研究がコンピュータでも社会でも適用できるのではないでしょうか。だから例えばOSの研究が社会組織の効率化や信頼性に役に立ってもいいはずです。
真に本質的な研究であれば、対象がコンピュータであっても社会システムであっても有効なはず、との論。コンピュータはユーザー(人間)というファクターを織り込んだ系ですしね。
そもそもJava FXはJavaの開発コミュニティがあまり支持していないように感じます。というかJava SE ver.5以降、Javaの開発コミュニティはJavaのバージョンアップについてきていない感じ。
身も蓋もない言い方ですが、そういうこと。
Googleは広告収入をビジネスモデルにしているのでサービス単位の課金技術を提供していないし、実際、Google関係者に聞くと「課金は一番当社が弱いところ」とのこと。つまりApp Engine上にサードパーティがサービスを提供しても、そのサードパーティは広告から間接的な収入はえられても、従量制などを通じてそのサービスから直接収入をえる手段が用意されていないのです。このためAzureがその問題を解決しているとすると、GoogleのApp Engineに対する決定的な優位性となります。
Windows Azureに課金の枠組みがあれば、Googleに対する「決定的な優位性」に。
いずれにしても社会そのものが情報システムに頼っています。その情報システムのコア技術であるコンピュータサイエンスは社会そのものをかえる力があると思うのです。つまり、いま世の中を変えようと思ったら、情報システムを使って変えるしかないわけで、コンピュータサイエンスの知識は必要とされていると思います。ただ、その中心となるコンピュータサイエンスの研究者が、コンピュータサイエンスの枠組みから抜け出せないのはもったいないです。
コンピュータをインフラとする社会システムとの連携に、コンピュータサイエンスのフロンティアがある、という考え方。コンピュータにしか関心がない人には、こういう考え方はしないだろうなあ。
突然ですが「コンピュータサイエンスは終わった」と叫んでみます。
研究者の叫び。
組込GPU(Intel GMA X3100)とくらべるとGPUの搭載により、グラフィック性能は4倍になったそうです。CPUよりもGPUの性能が重視されるようになっていますから、AppleとしてもGPUを積極的に使うという方向に変えるということでしょう。それにしてもIntel Atom搭載のノートPC(ネットブック) などノートPCの低価格化進む中、その逆をいくようなAppleの商品展開は吉と出ますでしょうか。
MacBookのGPUが揃って強化の方向に。今頃Apple内では、GPUを使い倒すようなソフトウエアをいっしょうけんめい考えて作っていると予想。画面サイズが同じである以上、UIで差別化するため3Dを使おう、というのがかつてのProject Looking Glassの基本アイデアだったことを思い出す。
さて米国人研究者たちと話しているとNSFとDARPAの研究予算が減っていることが話題になってしまいます。もちろんそれぞれ状況は研究者によって違うわけですが、複数の研究者の話を総合すると、科学技術予算の減少率のなかでも、コンピュータサイエンス関連予算の減少率はかなり大きい。例えばNSF関連予算でも当初内定予算の80%程度に減額されることは珍しくないそうです。また、サブプライム問題とコンピュータサイエンス系研究予算減が関係がない。米国は来年発足する新政権の政策によっては変わる可能性もあるが、大きく好転することはないというのが米国人研究者の多くの認識のようです。ご存知のようにコンピュータサイエンスはよくも悪くも米国次第というのは否定できない実状です。このため米国でコンピュータサイエンスの研究予算の減少は、コンピュータサイエンスの研究アクティビティが下がることになります。
米国でコンピュータサイエンス研究予算が減少傾向にあるというお話。
いくつか理由が考えられると思いますが、そのひとつは情報系の場合、学部教育の実習はプログラミングが主体なのですが、課題プログラムを作ることが最終目標になっていることが多い。つまり作って終わりになってしまう。一方、非情報系の場合、実験をしてその結果の考察をすることが目標になっているので、単に実験をするだけでなく、そのレポートの論述が重視されます。このため洞察能力やディスカッション能力が養われるのでしょう。また非情報系もプログラミングは避けられないわけで、例えばロボットなどの制御系の学生さんは情報系の学生さんよりもたくさんコードを書いていることも多いですし、ハードウェアの知識も豊富。情報関連企業が非情報系学生さんを取りたがる気持ちがわかりますね。
情報系以外の方が、レポートの水準が高いというお話。情報系の先生からこう言われてしまうと、立つ瀬なし。教育は難しい。追記:日記に補足あり。丸写しレポートの普及と、情報系学科の人気の低さが影響しているというお話。でも、昔も教員から見ればボンクラな学生は大勢いたと思いますよ。
ただ、この問題は根は深い。JISの表記が変なのです。例えば「プログラミング言語」はJIS表記上は「プログラム言語」だったりします。
マイクロソフトの表記変更(コンピュータからコンピューターへ)に関連して。JISでは「プログラム言語」が正式。今までのマイクロソフトはJIS準拠だったはず。どうしていたのかな?
電子書籍は電子書籍としてのコンテンツの見せ方があるし、電子書籍は電子書籍として使い方、例えば検索やリンクをいれることもできたはず。非電子的世界の流儀を電子的世界に無理にいれたことでマーケットをつぶしたいい例になってしまいました。
出版社と電機メーカーの組み合わせは、黄金の失敗パターンだったという指摘。ビジョンがある人をリーダーに据えて、ジョイントベンチャーを作って、自己責任と機動力で問題解決を図るべき案件だったと思います。Amazon Kindleの背景を考えるとさらにそう思います。
Googleのように負荷分散に成功しているシステムではクロック可変手法は無用ということかもしれません。いわゆるグリーンITには怪しいものが多いのですが、
負荷分散が成功しているクラウド環境の場合、可変クロックは無意味。もっと本質的な対策が必要。グリーンITは「怪しいものが多い」との認識。
クラウドコンピューティングではサービスを実行するマシンはGoogleやMicrosoftのサーバなので、マシンやネットワークは彼らが用意してくれるので、ネットワークやサーバーの設計・設置で利益を得ているSI事業者は大きな収益源を失うことになります。当然、SI事業者で働いているネットワークエンジニアはいらなくなります。また、データベースなどのミドルウェアもGoogleやMicrosoft側で用意されるので、データベースのインストール・チューニングの必要はありません。これらの業務はSI事業者の収益源だったのですが、当然、SI事業者で働いているデータベース担当のエンジニアは多くいらなくなります。結局、SI事業者に必要な業務はサービスを開発すること、既存のサービスを組み合わせて大きなサービスを作るということが中心になってしまうかも。
クラウドが流行ると、インフラやミドルウエアの専門職のニーズは激減しちゃうね、というお話をさらりと語る。一方、私はサービス開発への要求水準(企画力、品質、生産性、etc.)は高まるように思う。
日本の研究助成予算は今後減っていくの確実です。そうなると我々研究者には、少ない国内予算を細々とやっていくか、海外の予算を取りに行くか、海外に拠点を移すかの3つの選択しか残されていません。
研究者の世界にも、日本経済衰退の予兆が。現役世代としては現状打破を考えるしかない。
ところで以前、Googleはサービスの数を増やしすぎではないかという疑問を抱いていたのですが、関係者にいわせるとサービスでも簡単に始められるという魅力がGoogleの就職希望者が多い理由なので、社員のモチベーションを維持するために完成度の低いサービスでも始めることになるそうです。ご存知のようにGoogleは優秀な社員をたくさん抱えていますが、その社員の優秀さがGoogleを自滅させないことを祈りたいです。
またまた強烈な皮肉。
