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今日から朝ヴェローチェです。仕事の後勉強するよりは頭がすっきりしている。

とうきょうにもベローちぇがあるのね

企業戦略の本にはよく、「戦略とは捨てること」「選択と集中が大事」と書かれているが、これは個別の経営主体(今回の場合は、個別の大学)にとっては重要なことだ

「僕(私)はこの分野の知能が優れている!」と思って人生を生きた方が一人一人は幸せに生きることが出来ると思う

これは、私たちが外国語を学ぶ際にも使える方法で、1に優れている人であれば、「読み・書き」特に英語で日記やコラムをつづるというやり方が語学の発達を促すし、6に優れている人であれば、ガンガン話したほうがいいだろう。また、2に優れている人であれば文法から学んだほうが良いかもしれない。5であれば音楽や「聞く」という行為を通じて学ぶのが得策か。

論理・数学的知能(アルバート・アインシュタイン)空間的知能(フランク・ロイド・ライト)

生命は、地球環境を相手に、まさに「死ぬ」まで続くゲームをやっているのだ。(中略)そういう、種として対応しきれない環境変化が起こった時、種は絶滅する。生物種の生き残りのための戦略はそれ故、「多様性」となる。寒さに強いもの、暑さに強いもの、土に潜れるもの、空を飛べるもの。皆揃って討ち死にしないよう、いろいろな「生き残りの戦略」を試しているのだ。そこでの鍵は「変化が起こる前から準備する」だ。環境の激変が起こってからでは間に合わない。

僕は教育に関して多様な選択肢が選べれば良い、と思っているのだが、行政主導のトップダウン形式で大学の学びの品質を定義することは危険を感じる。現在、ゆとり教育が問題になっているが、ゆとり教育とは第二次ベビーブームの頃の過酷な受験戦争が社会問題化したときに、提唱された。実際に施行されたのは少子化が進み、大学全入時代が始まってからだった。この頃には学生の学力不足が問題にされるようになっていた。

画一的な価値観ではなく、多様な価値観に支えられた教育。それぞれの人間の多種多様な興味を尊重し、それを育てていくような教育。表面的なものではなく、真に自らが誇れる「実力(競争力)」を身につけられる教育。そういう教育こそを、日本の若者達の為に、我々はこれから作り出していかなければならないのではないでしょうか。もっとも、上記のような教育を実現するためには、教育システムの改革の前に親の改革が必要だ。(記事中に出てくる夫妻は、中高一貫校以外の選択肢を考えていないのだろうか?)

タブレットっぽい端末を一般に普及させるに必要なのは、革新力でも、格好の良いデザインでも、綺麗なグラフィックスでもなく、端末を持った手で操作できることが最大のポイントだったりするんじゃないかなぁ・・・

何でもかんでも移動中に使わなければならないというわけではないよね。タブレットうぃいかに普及させるかは、オーバースペックなノートより、自由に家庭内や旅行先で使える機能を提案、追求することでしょう。

「ローカルに根ざさないと愛されない」

会社に逆らうオーナー店のそばに直営店を出店して潰す会社がどの口でそんなことを言えますか。

少ない手間でニッチなニーズにも軽やかに対応する――。そんなAndroidの底力を見た気がします。

それが無料なら言うこと無しですね。人のアイディアで金儲けしようなんて下衆なマーケットじゃないことを望みます。

審査を通過しなければいけないiPhoneのApp Storeなどでは、こうしたことはできません。

審査が悪者かのような恣意的な書き方だけど、裏を返せば審査が無いなんて、一種の無法地帯ですね。

何を言うかよりも、誰が言うかだな。

これも影響力の武器

自分のiPhoneには既に200近いアプリが入っており、新しいのをDLするたびに、アイコンの配置に悩む。操作性、使う頻度、それぞれの機能など考慮して整理しているので。

8割で満足した方が、コストは少なく済むだろう

開示

「個人情報閲覧記録」でぐぐって。職員の閲覧記録はとっているのかしらん?

iPadが参入することで流通側での競争が起こり

高くする競争はありえないよ。紛いなりにもビジネススクールを出たならわかるだろ。

日本の書籍には再販価格維持制度があるので、米国のように流通を担う側が電子書籍に安い定価を当てはめることはすぐには難しい。

これも全くのデタラメ。再販価格維持制度はあくまで再販(中古販売)価格に当てはめられる制度だから、紙から電子データに変われば当然価格も変わって当たり前。

もちろん出版社は、電子出版への対応を考えるのと同時に

対抗の書き間違えじゃないのか(笑)

無料モデルを喧伝する「ウェブ2.0」に踊らされてマスメディアやコンテンツ企業が戦略なくネットに進出したが、結局ネット企業に搾取されただけで、

戦略が無いから失敗しただけで、ネット企業のせいにするのは責任逃れだな。

ジャーナリズムや文化の衰退を招いた。

コンテンツ企業=文化、のようなペテン。

電子出版バブルに踊らされて出版社がその二の舞となり、活字文化が衰退するような事態にならないことを期待したい。

文化は衰退しないよ。文化を食い物にするコンテンツ企業の発言力が弱くなり、いままで踏みつけにされ日の目を見なかった真の文化が表に出てくるだろう。

出版社の既得権益の維持ではなく、業界としてのネット流通への進出やビジネスモデルの進化が議論される場としなくてはならない。

既得権益しか考えず、対価を支払ってるユーザーすら泥棒としか見ない音楽業界の二の舞になるなという点では正しいな。

コンテンツの出口に関するビジネス戦略が重要になる。

音楽業界みたいに、文化庁を操ってミッキーマウス保護法やらを日本にも導入しようとするとか?

紙ばかりに依存できない以上、作者(権利者)との関係における出版社の存在価値を再定義・明確化することも不可欠である。

そんな才覚があればそもそも落ちぶれないだろうよ。

それでは出版社はどうすべきか。電子出版に対応する最善策は、ネット上での流通への影響力を高めることである。米国の大手出版社4社などが、活字版「iTunes Store」の開設を目指したプロジェクトを進めているのが、その典型である。

日本の音博業界手動のてんでバラバラでユーザーがなんの利便性も見いだせなくて失敗しているネット販売みたいなものですか?

だからと言って電子出版を避けていても、本の売り上げは落ちる一方である。出版社はこれからいよいよ厳しい状況に置かれるのである。

在庫を抱えず済むんだから、コストに見合った価格設定をすればいいだけのことで、それが難しいってのは相当無能な経営者だな。

出版社は価格などの流通条件の設定において多少は有利になるであろう。

消費者がどちらを支持するか見ものだな。

マスメディアやコンテンツ企業といったコンテンツレイヤーとは明らかに異なるのである。

かたや適当な対価で流通を促進し、文化に貢献しようとし、かたや利権に群がり作家や演者をこき使って肥え太る奴らね。

アップルも音楽について同じようなことをしてきたし

シングルCDを千円近くで売るようなヤクザ商売をするやつに言われたくはなかろうな。